亡霊は夏に笑う(習作)


「あなたは変だ。あなたには両目があるのに、ちっとも何も見えていない。それではいつまで経っても満たされるはずなんてない。」
「何故?あなたは、何故私の心が満たされてるかどうかなんてことを決められるの?」
「だって、今のあなたは、あまりにも不毛だ。失われたものは、二度とは戻らない。あなたの元にあなたの想い出は二度と還らない。だけどあなたはずっとそれを待ち続けている。どうかわかって欲しい。僕は、あなたに、本当に満たされて欲しいのです。」
「どうして?あなたが、私がどうやったら本当に満たされるのかを、あなたがどうして知っていると言えるの?」
「それは」


「ねぇ、大丈夫」


彼女は、僕を見て微笑んだ。
そっと、その紅の唇に微笑を宿して、僕を見つめた。


それは背筋をゾクゾク走り抜けて、僕の脳天まで突き刺して行った。僕の中の嫉妬や苛立ちや歯がゆさや愛憎や欲望やその全てをなぎ払い殺しながら、僕の中に唯一つ、貼り付いて剥がれなくなった。


「あなたが本当に私の幸せを望んでくれるならば、どうぞお願いだから、そこで立って、ただ、見守っていて欲しいの。」


この想いが失せるまで、この世に未練が残り続ける限り消えない亡霊のように、私は在り続けるしかないから。


「私みたいな、へたくそな道化の生き様を、もしもあなたが笑わずに見つめてくれたら、私は本当に嬉しいの。」


そんな風に彼女は僕を見て微笑んだ。真夏の透き通った日差しの下で、その輝きにも劣らぬ位の眩しさを放って、彼女は少しはにかんでいるようにも見えた。僕は泣きたくなる想いを堪えて、じっと、そんな彼女の白い頬に落ちる帽子の影を見ていた。


悲しい位に僕の中で、彼女への想いは乾いて、それでもあたたかさは消えないで。
さらさらと砂のように、それでもどこへも飛んでは行けないような、積もり続けて僕を埋め尽くすような。そんな幻想と共に、僕はガードレールにもたれて、彼女の隣で項垂れた。広がって果ての見えない青空にも眼を向けないで。