深夜の描写


僕は仰向けになったまま意識を覚醒と昏睡の狭間に置いた。体の末端から順に重みを増してついに僕はベッドに根を伸ばし始めている。目は薄く閉じられたまま、微かに残る視界には部屋に蔓延する薄い闇がぴったりと張り付いている。
むせかえりそうなほどの夜の空気に紛れて彼女は僕に跨る。長い髪が僕の頬に触れた感触や、布の上を白い肉体が這う音を、僕は感覚器を介さず脳味噌で直接覚える。彼女の唇は蠱惑的な赤紫に燃え上がり横たわった三日月の形に歪む。僕は彼女の丸い腰骨や柔らかで豊かな乳房に触れたいと心から望んだが、シーツと絡んだ根毛は固く結び付けられていて剥がれそうになかった。
彼女は毛布に隠されたままの僕の口内に潜んだ安寧を吸い尽くそうとしている。炎が艶やかに揺らめき重なる。僕は自分の全てが吸い出され彼女の胃袋の中で消化液にまみれるイメージに取りつかれる。恍惚。一瞬の。僕は夢を見る。彼女の塗れた舌が、僕らを隔てる一枚の布を湿らして、僕のそれを誘い出そうとしている。唾液は暗い部屋の中に反響する音からも伝わる。僕を求めている。僕を、欲している。僕を、僕を、捕食している?


瞬間床がメキメキと音を立て、木材が裂けると同時に巨大な幹が現れる。屋久杉が空間移動をしてきたんじゃないかってくらいの衝撃で僕の意識は彼女の食道付近から無理矢理己の肉体に呼び戻される。
固く鋭い枝が彼女めがけていくつも放たれる。金属が高速で激しくぶつかり合うような摩擦音が響きわたった。そこには苦痛と絶望と憎悪が確かに刻み込まれていると僕は悟った。仰け反る彼女が放つ叫びは、僕の覚醒を切り裂いてしまう。まるで子守歌のようだった、生々しく訴えかけるそれは。
彼女の白い二の腕はぱっくりといくつも裂け、間から黒い血液が止めどなく溢れ出した。僕は彼女の中の夜を浴びながら、全身の葉緑体を集中させて、ついにはそれを生み出した。部屋を隅々まで満たす暗闇と、彼女が漏らす悲鳴と、彼女が黒く滴らせた水滴を一身に集めて、光合成と同じやり方で、僕はそいつを生み出した。



場所を間違えた屋久杉の葉が擦れる音がする。虫たちの囁きはそれに呼応して音量を上げる。彼女の亡骸は質量を亡くしている。横たわった三日月は今や原型を留めていない。
だけど僕は生み出していた。瞼を完全に落とし、ふたつの鼻腔は規則正しく呼吸を奏でている。根付いた両手足はそれに合わせるようにリズムをとりながら上下に揺れる。
生み出された悪夢を甘受している。僕はそれをじっくりと味わっている。舌を介さずに、味覚は深い深い部分に潜っていく。シナプスを走り抜けてそれは即座に全身に渡る。僕は生まれたての悪夢を自ら味わう。



シーツに広がる染みが黒から紺に移り変わる頃、悪夢を咀嚼する僕の口元からひとつ、泡が浮かんでいった。