泣き所について


ところでローゼンメイデン、3巻を覗いて既刊を全て揃えました(爆)
こういうことに関しては行動が早いのにね…ほんと他はやる気なくて駄目だ自分は
んー、3巻読んでないからイマイチ掴みきれないとこもありますが、
何にせよ言っちゃいます
蒼星石水銀燈のあのシーンで、私ボロ泣きしてしまいました…
他にも泣いてしまったりして、先日実家に帰ったときも、
テイルズオブリバースやってたんですが、
モグラド村でのヒルダさんとナイラさんの件でボロッボロに泣いてしまいました…
『1度もお母さんと呼べもせずに…』って思ったらもう涙止まらなくて。
あぁ〜リバースやりたーい!!!!


しかし昔は映画とかの方が寧ろよく泣いてたのに、
最近は逆で、映画で泣くことの方が少なくなったんですよね
しかも何かで泣くにしても、いきなり突発的に、
『ここで!?』ってとこで泣いてると思う、客観的に見て。


多分、例えば今日寝坊して仕事は入れなくて、
凄く凹んだのに『まぁよくある』とか言って誤魔化して、
そういう気持ちをうやむやにして飲み込む癖が、最近出来て。
要は感情を押し殺す、押し退ける、というのが正しいのかな、
心の見えないところに押し退けるというか。
そういうことをよくやるようになったからか、
よく消化されずに蓄積した感情が、
上手く行かないことがあんまり続くと爆発しちゃうんですよね。
ちょうど先週みたいに。突然止め処なく泣き出したり、
かと思ったら、ラジカセの液晶カバー割りかける位、雑誌投げ散らかしたりとか。
差が激しいんです。前そうでなかった、とは言い切れないけど、最近は顕著に酷い。


でもさ
溜め込むのはよくないよ、って言うくせにさぁ
いつもいつも落ち込むことばっかりなんですよ
それを素直に出してたら、そういうのを嫌悪するくせに言うんだよねぇ皆
少なくともそれで楽しそうにしてくれたりしないし
かと言って受け止めてくれたりとかさ
その憂鬱を晴らしてくれたりする訳じゃないじゃん


あ、そういうのを偽善ていうのか
それにも意図的なものとそうでないものとあるから、
まぁ後者の方がタチ悪いけど  余計しんどいよねぇ。


まぁ、そういうんだったらさ、
その手の感情は押し退けて見ないふりしてた方が、よっぽど生き易いってことだよね
そうすれば場に合わせて、笑いたくないときでも気が付くと笑ったり出来るし
そうすれば少なくとも、その場で疎外されることはないからさ




私達はそれぞれ、一人の人間として、孤独の前では皆等しく弱者なんです
だって孤独は一人じゃ解決しようがないから。
でも、皆が皆その孤独に立ち向かうためにスクラムを組めるかっていうと、
もちろんそれが出来ない人間もいるんですよ
それが個性、というか個人の性質なんだと思うんです


それを手助けするのがカウンセラーだとかであったりするんだろうけど、
…はっきり言ってしまうと私は、
これは余りはっきりした根拠が自分の中にないから言及しづらいんだけど、
カウンセラーという仕事に、人の心に関わる職業のあり方に、少々の、不信感がある。
これについてはきっともう少し、明確に根底なんかももっと見えたら呟くつもりだけど。


とにかく話が逸れたけどそういう訳で、
私は対人間では癒せない孤独もあるんじゃないかと思う。
それどころか逆に深まる孤独だってきっとある。
それでも孤独が怖くて苦しくて、辛くて、…救われたくて
だから僕達はきっと、音楽や小説や漫画なんかの媒介を通して、
誰かと触れたがるんだろうなぁ。


決してそれらは事実でもないし確かな実態ももたないものだけど、
ふとしたところで自分の現状や想いとリンクするところがあったりして、
そういう共感や自覚がきっと、自分自身の力や感情を呼び起こす起爆剤になるんだと思う。
そしてそれはどういう形であれ、必ず私達の糧になる。
死んだ眼に光を映す瞬間て、心に炎が灯る瞬間て、そういうのでいいと思うんだ。



LOST IN THE AIRを聴きながら、そんなことを考えている。
そろそろ次の曲かな。あぁ、Syrup16gのパレードだ。
近くに来たらノックしてよ、かぁ。
僕達は皆、淋しい生き物なんだな。