描写Ⅰ


精神は完全にばらばらに引き裂かれている。腕時計のガラスが砕けて秒針が停止する。冷たい音が聴こえなくなる。耳鳴りは痛む。腹の中で血液が蠢き何かに苦しむように悶えている。私は首輪をつないだ死体を引きずって歩く。ずるずると地面と擦れる音がする。リードを引く手にその重みもずしりと響いてくる。しかし存在は見えない。真っ黒に腐敗した彼の死骸は誰にも映らない。確かにそこにあるのに。誰にもそれは気付かれない。私も本当は気付いてはいない。私はそれに気付くことができない。電車の中が腐敗臭で浸されていく。私の座席の足下に彼はいる。私の踵にそれは触れている。彼の落ち窪んだ瞳のない目玉は光らない。私は気付かない。彼は本当は見ている。何を?全てを。全部を見透かしている。ヘッドホンと長い黒髪で世界から身を隠すように守っている私を見つけている。彼は気付いている。しかし何も言わない。彼の舌は当に崩れて失われている。彼の言葉は既に葬られている。私に届くことすら叶わないその言葉。「                     」私は肉と血が混じってひとつになる瞬間を思う。そこに精神が生まれまた消えていく。ランプは明滅を繰り返す。三番線のホームが近付く。彼は取り残される。私は取り残される。ばらばらに引き裂かれる。精神が。私たちが。首輪のリードはぷつりと千切れる。駆け出した。振り返らないで。



精神は引き裂かれる。まっぷたつに。私の言葉は失われる。私の目玉に光はもう宿らない。