電車の中の描写


別段僕はそこに羽のある妖精やら微笑をたたえた天使なんかの気配を感じるだとか、そういうファンタジーを見出している訳ではないのだ。
ただ僕は己の視界で目まぐるしくもしかし謙虚にひっそりと起きている情景に見入っているだけだ。


大きな窓から差し込む午後の陽光を反射して、誰もいない赤いシートを細く歪んで映している銀色のポールの鏡像に眼を奪われている。
荷物棚の何本も並んだポールたちには同時並列的にそれが行われていて、ぼんやりと輪郭を帯びたようにすら思える。
ひとつひとつのポールがそれぞれの位置から見える赤色を吸い取り、それが一列に並ぶことでぼんやりと座席の存在を映し出しているのだ。
ポールたちは同じ景色について、それぞれの場所からただ映る姿をその身に宿らせ、結果として一本一本が全く異なる風景を表現していた。そのきらめきといったら、蛍光灯なんかよりずっと眩しくて、もう本当に、本当に泣き出しそうなんだ!


しかしその金属のポールにぶら下がる手すりはひどく無機質だ。
幾人もの人々の手垢にまみれた白い手すりは、ただ重力に従い色褪せた吊革から垂れ、電車の走行に合わせてふらふらと揺すぶられている。
そのしがみついたポールたちは、僕にこんなにも風景を投げかけてくるのに、そいつらときたら表情も投影させない程に、ただ掴む人間が不在の穴で空をゆらゆら切っている。
冷たい金属の上にすらこんなにも繊細なダイナミクスが起こっているのに、どうしてそれを無視できる!?
そもそも答えという概念など忘れてしまったかのように、静かに手すりは震え続けている。


僕はそんな風景を見ている。
これは全てファンタジーじゃない。風景はいつも僕に眼から語りかける。
僕はいつもそれを見ているだけなんだ。本当だよ?
君も確かめてみたらいい、眼を凝らしてさ、今すぐにさ。
ほら、電車の窓からまた光が投げ込まれて…